木谷正孝はパンプキンの被り物を着込み、鏡の前に立った。
鏡の向こうには、かぼちゃから手足が生えた人間がこっちを覗き込み、怪訝な表情をしている。
こんなものなのだろうか・・・?
木谷は通っている英会話スクールのハロウィンパーティーに参加するため、東急ハンズで購入した着ぐるみを家で試している。お店では迷いに迷った挙句、無難なかぼちゃを買ったつもりである。事前にチェックしたネットの写真で、かぼちゃの着ぐるみを着ている子供達がかわいかったからだ。しかしこうして大人が着てみると、意外とデカい。
「うーん。なんか、しっくり来ないなぁ・・・」
大手スーパーに勤める三二歳。かぼちゃの着ぐるみが似合わないのも無理はない。木谷は鏡の前で一通りポーズを決めたあと、やっぱり駄目だ・・・とガックリ肩を落とし、着ぐるみのままおもむろに日本茶を一服入れた。
そもそも、ハロウィンなんて子供の頃は無かったと木谷は思う。それがここ十年くらいで年々ハロウィンパーティーが一般化し、夏が終わると多くのお店がハロウィンの飾りつけを開始する。仮装も本格化の傾向にあり、その時期のフェイスブックなどでは、子供に仮装させた写真や盛大な仮装パーティーの写真が沢山見られる。
ところが先日、イギリス人の講師に聞いたところ、ヨーロッパでハロウィンはあまり大きなイベントではないらしい。どうもお祭り好きなアメリカ人だけがが熱心に楽しんでいるそうである。木谷は受付で促されて、イベント参加を申し込んだが、だんだん面倒になってきた。お茶をゴクリと飲みこみ、木谷は宙を見上げた。
―――数日後、スクールにて―――
「こんにちはー!木谷さん!今日はレッスンどうでしたか?」
「はい。今日も結構勉強になりました。ありがとうございます。」
「よかったですゥー。レベルも上がってますし、順調ですね!」
「はい。そうなんですけど、あのー。えーと・・・。実はこの前申し込んだハロウィンなんですけど、やっぱりキャンセルしようかと思って・・。」
「えー? どうしたんですか? 何かご都合でも悪くなりました?」
「いえ、そうじゃないんですけど。実は仮装がやっぱりちょっと僕には難しいかなって思って。」
「えー!木谷さん! 仮装なんてなんでもいいんですよ!例えばほら、カボチャの着ぐるみとか、なんでもあるじゃないですか! せっかくだから、ぜひ来てくださいよ。結構良い刺激になりますよ。何しろ例年泥酔者が出るくらい盛り上がりますので。」
「そ、そうなんですけど。やっぱり僕、そういうの苦手なんで…。」
「だー! 大丈夫です! 良かったら本当に楽しいのでぜひ来て下さい。ホント! 今回だけっ!」
「木谷は受付スタッフの情熱に押され、じゃあ、頑張って来ますと答えてその日は帰途についた。」
―――10月12日 ハロウィンパーティー当日―――
その英会話スクールは新宿と恵比寿でハロウィンパーティーを二箇所同時開催をしている。木谷は新宿のスクールへの参加だった。
開始時間の六時、スクールには参加者がぞくぞくと集まってきた。みんな持ち込んだ仮装を更衣室で次々に着替えていく。
スクールは薄暗い間接照明で統一されており、飾り棚にはおびただしい数の骸骨が陳列され、その上にギミックのカラスがとまっている。テーブルにはロウソクの灯りがゆらめき、壁には蜘蛛が描かれている。
受付はバーカウンターに様変わりし、ワインやウォッカ、ビールなどがギッシリと並ぶ。天井に埋め込まれたBOSEのスピーカーからはビートの効いた音楽が華やかに鳴り響き、仮装したぎゅうぎゅうの参加者とともに鬱蒼とした雰囲気を醸し出している。
スクールのエレベーターのドアが開いた時、ギャーっ!!という悲鳴が上がった。
見ると、ひとりのゾンビ姿のサラリーマンがコンビニの袋を片手に立っている。スーツはまるで車に轢かれた後のようにボロボロに破れ、ワイシャツにも鮮血がにじんでいる。目は白目をむいており、口は裂けて歯茎が見えている。
「ギャャァァーーーーー!・・・って、あれ?ひょっとして・・・、木谷さん?」
「どうも木谷です。IDナンバーA-21562の木谷です。」
「どうしたんですか木谷さん! すごく気合い入った仮装ですね。」
「ええ。実は僕、やるとなったらヤルタイプなんで。頑張ってハリウッドメイクしてみました。ネットでやり方を研究しちゃいました。」
「ていうか、その格好すごいですね! 腕とかも骨が見えちゃってるじゃないですか!」
「ええ、そこの骨、質感を出すのがすごく難しかったんですよ。骨だけで一時間は掛かりました。ちなみに目はカラーコンタクトです。」
「よ、良く見ると、内臓もはみ出てますけど、それはホンモノじゃないですよね・・・?」
「当たり前でしょ!内臓がはみ出てたら僕、パーティーに来てませんよ!」
「で、ですよねー!(汗)いやー、ホントすごい!」
「あ、そういえば、今日は一品持ち寄りでしたよね。ハイこれ。モツの煮込みです。うちの母の手作りです。」
と言いながら木谷はコンビニ袋を差し出す。
「おお!さすが、木谷さん。内臓にちなみましたね(笑)。」
「ちなんでないです!なんで僕が自分の内臓を煮込んで持ってくるんですか!さすがの僕もそこまでエンターテイナーじゃないですよ。ぼくは、そもそもどういう人かって言うと・・・」
木谷はその夜、多くを語り、夢ともうつつとも似つかない不思議な雰囲気の中、人生でもっとも充実したハロウィンを過ごしたという。
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