冬の木枯らしが吹く夜、高橋は自宅で最終調整を行っていた。
いよいよ明日は試合本番である。この日のために全てを賭けてトレーニングをしてきた。
好きな読書もここ半年は封印し、その準備にあてた。試合一週間前を切った段階で食事制限もし、魚を中心とした食事に変更。バランスよく食べるようにしている。そして断酒。睡眠時間及び、起床時間も本番当日と同様にサイクルを合わせ始めた。
何しろここ数試合、結果を出せていない。次の試合で結果を出せなければ、今後の進退問題に関わる。ここ最近はメンタルもフィジカルも大分ノッてきている。隙間時間も例外なくトレーニングに充てる事が出来ている。高橋は目をつむってイメージトレーニングを繰り返しつつ、眠りについた。
当日。
朝は予定通り、試合の三時間前には起床した。集中力を高めるために、和食を準備。
・五穀米
・豆腐とワカメの味噌汁
・鮭の塩焼き
・納豆
・ほうれん草のお浸し
これらをゆっくりと噛んで摂取する。最後にデザートとしてバナナ。
試合用具を忘れないようにしっかりと確認。軽くストレッチをし、満を持して高橋は試合会場に向かった。移動の電車内においても復習を欠かさない。今日の試合は必ず結果を出す!高橋はそう呟いて歩みを進めた。
代々木にある試合会場は既に多くの人で埋め尽くされていた。これまでの準備を思い出すと万感の思いである。今日は本当に勝負。案内に書かれたポジションを陣取り、試合開始の合図を待つ。
「平常心。出来る事は全てやった。あとは結果を出すのみ・・・」
試合開始。会場には英語のアナウンスが鳴り響いた。試合が終了した高橋は駅に向かって歩いていた。出せる力は出し切ったと思う。自分に言い聞かせながら信号待ちをしていると声を掛けられた。
「高橋!お前もこの会場だったのか。どうだった?」
同僚の山中が明るく声を掛けてきた。
「そうですね。今日の試合は最高の仕上がりで臨んだので、結果は勝手についてくると、そのように思ってます」
「はあ?」
「それから、半年間のトレーニングの蓄積もさることながら、二時間にわたる試合時間全て理想に描いた最高のパフォーマンスが出せるようにコンディションは万全に整えました。何しろ前回の試合では最後の方で集中力が切れてしまったので」
「あのさー。TOEICの事を試合って言うのをやめてもらっていいかな。それから勉強をトレーニングって言うのもちょっと・・。なんかヒーローインタビューを気取ってるみたいだけど」
「ちなみに魚を中心とした食事は、記憶力の強化に役立ちました。魚に含まれるDHAがその理由です。DHAを摂取すると計算力や判断力に改善傾向がみられると言われています。集中力に関しても、不摂生からくる集中力の低下は否めません。あれだけの持久戦を集中力をもって得点していく。その決定力アップの為に睡眠時間や起床時間にもこだわりました」
「決定力・・・。えーと、正解率のことね」
「結果を出せなければ一部リーグに上がれない。とても大事な試合でした。ああ、チョー気持ちいい。勝利は必然。ラグビーに奇跡なんてない」
「上がれないのは一部リーグじゃなくて管理職ね。去年から役職者になるにはTOEICでそれなりのスコアを出さないと上がれなくなっちゃったからな。それからまだ結果は出てないぞ。あと、ラグビーって言っちゃった。そう言えばお前。前回のTOEICで集中力が切れて全然駄目だったって言ってたもんな。今回は相当頑張ったんだな。よっしゃ。ちょっと早いけどビールでも飲んでいくか」
「いいですね。勝てない相手はもういない!ううっ(涙)」
「泣くな。そうかそうか。お前そうとう追い詰められてたんだな。わかるぞ。俺もここの所、仕事と英語の両立で相当まいってた。海外部門の人間はいいけど、俺ら国内営業の人間には酷だよな。スポーツ推薦で大学突破して、体育会系枠で入社した俺たちは、そりゃアスリートの発想になっちゃうよな。うんうん。やっぱり今日は昼からぱーっと飲もうぜ」
「うう。なんも言えねー」
二人はそうして代々木の街をそぞろ歩き、ビールの飲めそうな定食屋に入って行った。
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