car

ふと気が付くと、赤いオープンカーに乗って、理絵は彼と一緒に高速道路を疾走していた。メーターを見ると時速160キロ近くで、ものすごい速さで景色が流れていく。尋常ではない速さで運転する彼の姿は鬼気迫るものがある。

後ろを見ると同じようにスピードを上げて食らいついてくる一台の黒い車がある。どうやらあの車に追われているらしい。黒い車からは金髪にサングラスの外国人が上半身を乗り出し、銃口を理絵に照準を合わせているのが見えた。

バンッ!

疾風が頬をかすめ、どうやら本気で殺す気で追いかけていることを実感する。

「ちょっ、あぶない!!キャーッ!」

弾が当たらないよう、頭を低くし、彼と共に映画のようにカーチェイスを繰り広げ、車は高速を降りていく。街中をひとしきり走ったところで、止めてあった自転車の列にバンパーが引っ掛かりオープンカーは停止した。

「理絵!はやく!」

彼と共に車を降りて、駈け出したところで右足太ももを銃弾がかすめて傷が出来た。

場面は急に変わる。

理絵は会社でいつものように仕事をしていた。どうも右足太もも部分がむずかゆい。見ると理絵の足には傷が出来ていた。傷口が膿んでいるのか、赤くはれ上がりゼリー状のものが傷口からはみ出ているように見える。理絵は無意識に傷をかきむしると手に異物感を感じた。傷口に何かあるようだ。

理絵は傷口からはみ出ているものを掴むと、意外に大きな何かであることがわかる。理絵がそれをひっぱると何とズルズルと赤いタコの足の切り身がでてきた。全長15センチ程の立派なタコの足が傷口から引きずり出され、床にバシャッと投げ出された。タコの足はスーパーで売っているような切り身で、ご丁寧にちゃんと茹でてあり、真っ赤である。

自分の足から茹ダコが出てきた衝撃は半端ではない。理絵は絶叫して驚くが、なぜかオフィスの仲間は冷静である。たまたま居合わせた上司がそのタコを見て、

「うーん、これ。ちょっと調理すれば食べれるな」

「えっ!ちょっと何言ってるんですかっ!これ、食べるんですか?私の太ももから出てきたんですよ!」

「いや。こういうのが意外とうまいんだよ。おーい、ちょっとキッチンに行ってくる」

ピピピッ!ピピピッ!

午前8時。携帯のアラームが鳴り、理絵は目を覚ました。なんという夢なのだろうか。理不尽過ぎる夢を思い出し、気分が滅入る。ふと見ると、右の太ももが蚊にさされて赤く膨れ上がっている。
これか・・・。

理絵は溜息をつき、ひとりごちながらベッドから起き上がった。太ももをポリポリ掻きながらリビングに行くと、テーブルの上に昨日の夜、ビールのあてで食べた茹ダコが残っている。傍らには彼と見たアクション映画のパンフレットがあり、その表紙には赤いオープンカーでカーチェイスを繰り広げるハリウッドスター。

-----5時間後、新宿にて-----

「えー、睡眠で夢を見る理由としては、脳が記憶の整理をしているという事がまず挙げられます。人は起きている時は、色々なものを見聞きして、また味わったり、触れたりしています。覚醒時は、大脳から次から次への外界からの情報を受け入れなければなりません。その為、整理している暇がないと言えます。オホンッ。

また、人は一日のうちにインプットした情報の95%を忘れると言われています。皆さんが英単語を覚えても翌日にはケロッと忘れるのはこのためです。生命の危険に関わるほどの情報は、脳が長期保存をしてくれるのですが、他愛もない情報は一時保存の棚からさっさと忘却の棚に移し替えられます。

つまりそのー、たとえば皆さんがprejudiceという単語を覚えたとします。意味は〝偏見〟です。でもこれは皆さんの生命の維持には何ら関係の無い単語なので明日には忘れてしまいます。ところがこの忘れた単語を毎日インプットして脳の一時保存の棚に置き続けるとどうなると思いますか?

はい。毎日同じ単語をインプットしていくと脳が「あれ?これ確か昨日もあったな。うーん、ひょっとしたらこの記憶は重要かもしれないな。よし!一応長期保存の棚にいれておくか」と考え、やっと単語を覚えられます。

ということでよろしいですか皆さん。脳が休まる睡眠中に夢を見ることによって、はじめて大脳にインプットされた情報を整理できるのであります。これは学校や資格試験で勉強したことを整理するのはもちろん、昼間に経験した出来事も整理します。一晩寝ると、前日は混乱して理解できなかった難しいことが解きほぐされて理解できたということはありませんか?これはレム睡眠時に記憶が整理されたからです。

だから忘れる事は覚える為の一つのプロセスなのであります。従って、忘れてしまっても諦めずに、毎日すこーしずつ、英語をインプットしてくださいね。はい!今日の講義はここまで!」

理絵は、通っている英会話学校主催の英文法講座に出席し、講義を聞きながら妙に納得した。それにしても、自分の今朝の夢があまりに雑で短絡的な情報の整理だったと、自分の脳の整理能力を疑った。
よりによって太ももからタコって…。

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